それは商店街から御黎元居宅への道を逆戻りし、さらにはその商店街を越えたM川の向こうにあった。
「・・・遠すぎだわ・・・。やっぱタクシー拾えばよかった・・・」
思わぬ徒歩での強行軍をしてしまったため、日も沈み、おまけに自身の体力もなかなかに磨り減ってしまった。
ただ病院の周辺は時間も時間であり、人影は見当たらなくなっており、図らずも魔術の隠匿が容易に行える状況ではあった。
病院の自動ドアが機械の無機質な音とともに開かれた。
ロビーに人影はなく、受付も数人が事務作業をしているだけである。
そのまま適当に検討をつけ、霊安室があるフロアへと進む。
自身の踵が廊下を打つ音だけがただ、一定のリズムで刻まれる。
鼻をつく消毒液の匂いが一際強い廊下の長いすにその少女はいた。
その目の先には、無機質な扉がこの世とあの世を薄く区切っている。
少女にゆっくりと近づいていく、踵のリズムに変調はない。
その音にすら反応のない少女は、ただ静かに双眸から押し込めきれない悲しみを滴らせる。
「はじめまして」
いつかの丘のような優しい声。
でも少年じゃなく、少女に。
太陽ではなく、影の下で。
静かに話しかける。
少女がそれに反応するのに数秒を要した。
「・・・・?あ、あの・・?えと?」
必死に悲しみを押しこらえて発した、不意の登場者への疑問。
それを経験豊かな魔法使いは汲み取り。
「私は蒼崎青子。魔法使いよ。あなたは御黎さんね?」
途端、少女はきょとんとした顔を見せた。
「あ、えぇ、はい・・・。御黎千鳥ですけど・・・」
とりあえずの質問に答え、青子に向かい合うように立ち上がった。
しっかりと青子の目を見つめる瞳には涙の跡が残っている。
青子はそれを自身の手のひらで受け止める。
「私の詳しいことも気になるでしょうが、ここで話すわけにはいかないわ。さわりだけ話しておくと貴方のご両親についてのことなの。少し付き合ってもらえないかしら?」
やや単刀直入に話を切り出す。性格上、回りくどいことは嫌いだが、それでも今は相手の状況も踏まえて少しばかり配慮する。
少女の目を影がよぎったようだが、それでもしっかりと頷き返してくれた。
「あの、では、どちらにしてもそろそろ閉院になりますし、私が今夜帰るホテルまでご一緒しませんか・・・?ご迷惑じゃなければですが・・・」
気丈に振舞う少女からはやはり深い悲しみを感じてしまう。
(・・・だめだな~私、こういう子見ちゃうと・・・ほっとけないわ・・・)
自身が異常であるがゆえに無垢なものを守ろうとする。
だが魔術師として優れているものほど自らの世界を最優先し、他者はあくまで視界に存在しない。
他者を排斥して考える傾向が多い魔術師の中では、青子の考え方は異端としか呼ばれ
ないものだ。
ほっとけない性の自分に呆れながらもやはり、それを選ぶ。
「いいわ。行きましょ」
青子は少女の手をとり、しっかりと少女に寄り添った。
影が交差する廊下を出口へと向かい歩き出した。
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